ただの備忘録

現場を振り返ることを枷にして記憶の定着を図る。つまりただの備忘録。(主に舞台の感想)

「マリー・アントワネット」@帝国劇場 2018/10/30ソワレ、11/20マチネ・ソワレ

しんどい。

 

・10/30ソワレ:花總、昆、古川、佐藤

・11/20マチネ:笹本、昆、田代、佐藤

・11/20ソワレ:花總、ソニン、古川、佐藤

 

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<脚本・歌詞>ミヒャエル・クンツェ

<音楽・編曲>シルヴェスター・リーヴァイ

<演出>ロバート・ヨハンソン

<翻訳・訳詞>竜 真知子

音楽監督>甲斐 正人

<キャスト>

マリー・アントワネット花總まり笹本玲奈

マルグリット・アルノー昆夏美ソニン

フェルセン:田代万里生、古川雄大

ルイ16世佐藤隆紀、原田優一

駒田 一、彩吹真央、坂元健児、彩乃かなみ、吉原光夫、中山 昇、松澤重雄、青山航士、真記子

遠藤周作原作「王妃マリー・アントワネット」より

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キャスティングを見るとイケコ演出なのかと思ってしまうけど、初めましてのロバート・ヨハンソン氏。韓国ではエリザや笑う男などの演出をされている方とのこと。うーーーーーーーーん、伝えたいメッセージを明示しすぎてるのがなーーーーーー。とりあえずしんどかった。

 

 

以下、ネタバレあります。

 

原作は中学のときに図書館で借りて読んだけど、内容についてはぼんやりとした記憶。そういえば原作はこんな感じだった気がする…と観劇しながら思い出していた。確か冒頭に「マリー・アントワネットと瓜二つの少女」といった記載があったはずなんだけど、舞台では流石にそれは難しく、随所に「(マルグリットは)マリーに似ている」という台詞が入れることで補っていた。あと原作ラストはマリーが処刑される直前くらいで終わっていたような気がするんだけど、どうだったっけ。

 

 

お花様マリーは1789のときも感じたけど、浅はかさと愚かさがありつつも高貴で品があるところが凄い。玲奈マリーは自分がやりたいようにやるという、我が儘な一面を感じた。マリーの宮殿の外で起きていることへの無知さは1789以上に演出されていて、プチ・トリアノンで「小作人たちは役者なの」と話すマリーには恐怖すら感じた。「遠い稲妻」でフェルセンが大事なことを話しているのに、お花様マリーはつまらなさそうな表情をしていて。でもフェルセンの手がマリーの背中に触れた瞬間、花が咲いたような笑みが弾けていて、こういうところにフェルセンは惚れたのかなぁと思ってしまった。万里生フェルセン、それでも厳しいけどね!(古川フェルセンは厳しさというよりもマリーへの愛しさを感じた)それにしても全然話を聞いてないマリーな!お互いがお互いを想っているのに噛み合っていない二人。

マリーは自分の周りしか見えていない女性ということを表したかったのかな。マルグリットが乱入してきたときも、施しを与えはするけれどもマルグリットの背景や後ろにいる国民のことには思い至っていないし、聖母マリアの被昇天の日でも国民の声を聞くのではなく感情のままロアン大司教の罷免を訴えるし、王妃ではなく一人の女性として生きていた人。冒頭の回想でマリーが嫁いできたときに辱しめを受けたことが語られていたように、彼女が宮殿のなかで戦い続けた結果なのかと思うと悲しくなる。ローズの新作ドレスお披露目会(「輝ける王妃」)では「ドレスが私の武器」といったことを歌っていて、だからこそルイに浪費を咎められたときのマリーの切ない表情が刺さった。ドレス以外に武器を持っていない王妃の不安と心細さ。初回は浪費家なマリーという演出かなと思っていたけど、2回目の観劇で歌詞が頭に入ってきたときにそういうことだったのかと分かった。いや、ほんと歌詞が頭に入ってこないんだわ。この曲では他にも「蛇が来ても笑顔で倒すの」みたいなことも歌っているし、「ヘビを殺して」では「あいつは蛇、殺して」(プログラム確認したら曲名そのまんまだったw)と、一幕から二幕にまでまんべんなく出てくる蛇(二幕後半の裁判の辺りでも蛇が出てきたはずなんだけど思い出せない)。なんだろうこの語感の悪さとセンス。クンツェ氏、元はドイツ語で書いたのかな?ドイツ語だと"Schlange"、英語だと"Snake"。それとも何かを例えていたけど日本語にしたら蛇となったのか…どちらにしても「へび」という間延びした感じがなぁ~。最初聞き取れなくて耳を澄ませたら「蛇」だったときの驚き。まぁ蛇以外も全体的に訳詞がなぁ~~~言葉が入ってこないんですよね。

 

マルグリットは昆ちゃんとソニンちゃん。強い。ソニンちゃんとWを張れるキャストってなかなか難しいけど(ソニンちゃんが強すぎる)、昆ちゃん大正解~!良いWだった。

昆マルグリは怒り憎しみから激情のまま突き進み、ソニンマルグリは正義と信じて突き進んでいたように感じた。昆マルグリはその激情さゆえに、民衆をまさに"焚き付けて"いくさまは恐怖を感じた。対してソニンマルグリは激しさを内に秘めたまま正義と信じて動いた結果、民衆が激化したような対比を感じた。赤い炎の昆マルグリと青い炎のソニンマルグリ。良い。

 

光夫さんのオルレアン公は「来たーーーー!」となる迫力と音圧。MAは盛り上がる系の曲がないので、光夫さんの曲でテンションが上がった。11/20は調子があまり良くなかったようで心配したけど、東京楽前には復活したようでなにより!まぁ普通に考えてこの長期スケジュールをシングルでやるとか鬼ですよね…アンサンブルさん含め、大千秋楽まで無事に走りきれますように…

 

万里生さんは久しぶりに舞台で拝見したけど(多分ギャツビー以来)、素直に歌うめぇとなった。古川フェルセンは素直に美しいとなります。古川くんの声は哀愁というか切なささがあるから、冒頭と最後の「マリー・アントワネット」とかは曲と声があってるなぁと思いながら聴いていた。あとはいつどこの場面を見ても美しかった。

夏の夜の舞踏会の場面は照明含め美しかったなぁ~。

 

サカケンさんのエベールは憎たらしいけど、流石の良い声。マルグリットにオルレアン公の署名が入った契約書を取られても無理やり取り返したりしていなかったし、エベールはマルグリットのことを信用していたのかな。ジャコバン修道院の場面でもあったように、マルグリットの力を一番信頼していたのはエベールだったのかなぁと思うと憎みきれない。性別関係なく能力がある人間を見抜ける人。

 

駒田レオナールと彩吹ローズの二人が唯一癒し場面だったよ~。あとシュガールイが出ている場面は「そのお腹は本物なのかな~本物だったらいいなぁ~」と思いながら、癒しを積極的に求めにいっていたわたし(本物じゃないらしくて残念←)。シュガーのルイが本当に良くて…!鍛屋に生まれていれば幸せになれただろうに…

マチソワすればWキャストを網羅できると思ったのに、原田ルイだけ観ることができなかった罠。

 

1789のときは革命ーーー!!!と盛り上がっていたのに、MAではこれが革命……と考えさせられる。ランバル公爵夫人が処刑された場面は鈍器で殴られたような衝撃。舞台って観客の想像力で板の上にあるもの以上を表現できたり感じたりすることができるのが魅力だと思っていて。でもMAは直接的に表現する演出をあえてしているのか、ランバル公爵夫人の血に染まったドレスと狂気すら感じる民衆の行進、そしてタンプル塔の窓から覗くマリーの表情と畳み掛けてくるその質量に押し潰されるかと思った。この演出の良し悪しは分からないけど、ただただ苦しくてしんどかった。

そしてシャルルがマリーから引き離される場面がねーもう辛くて駄目だよね。シャルルの行く末を知っていると、より気持ちがどす黒くなってくる。はぁ…しんどい。

 

1幕前半はマリーのゆるふわキャッキャが多くて長いなぁと感じて、後半にかけてマルグリットの勢いが増してきたところから面白くなってきたかもと思ったら、2幕でしんどくてしんどくて苦しくて、観劇後の疲労感が凄まじかった。それとラストの「どうすれば世界は」のあまりにも直接的なメッセージ。いや、それまでの流れで伝わってるよ?うーーーーーん、観客の想像力の飛躍を封じられる演出では。うーーーーーん。

 

しんどい。

 

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