ただの備忘録

現場を振り返ることを枷にして記憶の定着を図る。つまりただの備忘録。(主に舞台の感想)

「良い子はみんなご褒美がもらえる」@ACTシアター 2019/5/3

トム・ストッパードで「俳優とオーケストラのための戯曲」とか言われたら面白そう~~と思うしかないじゃん。GW真っ只中、行ってきましたーー。

そうそう、この日の開演直前に塚ちゃんが客席に入ってきて驚いたww観劇するにしてもこんなGW真っ只中にしなくてもwww

 


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原作:トム・ストッパード

演出:ウィル・タケット、指揮:ヤニック・パジェ

出演:堤真一、橋本良亮、小手伸也、シム・ウンギョン、外山誠二斉藤由貴、他

stage.parco.jp

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75分休憩なしの一幕構成。俳優とオーケストラのための戯曲、とあったので以前NTLで見た「アマデウス」(今ならNTLiveアンコール上映やってるよ~→https://www.ntlive.jp/amadeus)みたいにオケの人たちが動き回るのかなと思っていたら、動かず演奏するスタイルだった。オケが統制された体制を現しているので、そりゃ動いちゃいけないわ。

階段が五線譜で囚人と看守が音符なのかな?どちらも同じ灰色の衣装でおたまじゃくし(=音符)みたいだった。そして階段での流れるようなダンスはオケが奏でる音楽を表しているかのよう。

はっしーイワノフは頭の中にオケがいるという妄想にとりつかれている人物だったけど、オケを観客に見せて音を鳴らしているのに加えてはっしーの佇まいで、むしろ彼だけは健やかで"正常な"青年に見えてくる。対して堤イワノフは自分の信念を守るためにハンストを続けていて、オケも見えない人物。普通とはなにか、というのも含んでいるのかな。観ながら「BLUE/ORANGE」を思い出していた。
はっしーイワノフは頭の中のオケにダメだしや文句を言っていたけど、これは想像の自由が抑制されている状況を表しているのかな?五線譜(階段)の上で音符として自由に踊っているように見えても、彼らは五線譜の外には出られないわけで。自由なように見えるけど、抑圧されている面を強く感じた。だからラストで指揮を振るはっしーイワノフは本当の想像の自由を手に入れた、ということなのかなー。

 

プログラムで大佐役の外山さんが「不条理」を含んでいる旨を述べていたけど、同じストッパードのロズギルのほうがよっぽど不条理だし、どっちかというと肩透かしな感じじゃない?と思った。でもよくよく考えてみると、不条理よりも恐怖を感じた。

あの誰もが間違っていると認識している状況で、大佐の質問に同意するということ。これって堤イワノフが最も異議を唱えていた「1+1=3」を認めていることになっているのでは。身体の自由を得る代わりに、彼は権力に同調するということで彼自身が主張していた言論の自由を失ったのでは…?2人を同室にしたのは"天才の"大佐の指示であったことを考えると、この間違えている描写は意味がある気がしていて。最後、堤イワノフは死んじゃったのかなと思った(けど、一緒に観劇していた友人は全く異なる感想だったので観た人によっていろいろ解釈ありそう)。ハンストを続けたことで身体的に(ほとんど)死んでいて、指揮を振ろうとする彼は深い思索の底に落ちていったのではと感じた。でも公式HP見返したら「解放された」とあったので生きているのは確定でいいみたい。権力の象徴である大佐に同意→自分の発言は正しいと信じる堤イワノフ→自分はオケが見えるはっしーイワノフであると信じるしかない、と考えるとラストの描写がとても怖くなる。大佐が意図的であったにしろ、なかったにしろ、どちらにしても「堤イワノフ」という存在意義を失わせているように思えた。

 

感想書くためにプログラムを読み直したり、公式HPを見返したりしたのだけど、HPに記載されている演出のウィル・タケット氏のコメントが、今の日本の現状を捉えすぎているように思えてリアルな恐怖を感じている。。(以下、公式HP引用) 

今は『Every Good Boy Deserves Favour』を上演するのにパーフェクトな時ではないかと思います。

われわれが信頼を置くべき当局が、ますますわれわれが真実ではないと分かっていることを受け入れ、信じろと言い、権力者とわれわれの間の関係はますます張り詰めたものになっています。

今日の政治状況は、この芝居が書かれた197年代の状況とは非常に異なるものかもしれませんが、われわれと真実との間の関係、われわれ個人としての自由、自由であるという感覚は、これまでになく複雑になってきています。

ストッパードの辛辣なウィットと、プレヴィンの親しみやすいが曲想的には難解な音楽の組み合わせが複雑な雰囲気を醸し出し、演劇構造の中で音楽とテキストが同じ重みをもって絡み合っています。

本作の設定は架空の、典型的な絶対主義国家ですが、自由のためにわれわれは何を放棄する心の準備があるのかについて、場所と時間の間をゆれさまよいながらじっくりと考えることができます。

 

抽象的な個所もあるけど、噛み応えのある良い作品でした。