ただの備忘録

未来の自分に贈る、舞台の記憶と感想

「モーツァルト!」@帝国劇場 2018/6/2マチネ、6/16、6/23ソワレ

古川くん、帝劇主演デビューおめでとうございました~!

 

・6/2マチネ:古川、平野、涼風、小河原

・6/16マチネ:古川、木下、涼風、小河原

・6/16ソワレ:山崎、生田、涼風、加藤

・6/23ソワレ:古川、木下、香寿、小河原

 

山崎×木下、古川×生田の組み合わせを取っていたのだけど、仕事やらなんやらで手放したりお譲りいただいたり、すったもんだありましたが、なんとかプリンシパルは全員観ることができました。ただアマデの爽ちゃんだけ観れず……ウウッ 本当に東宝は子役のキャスケ公開してくれ…ホリプロの仕事ぶり見てくれ………

 

映像でしか見たことがなかったM!を楽しみにしてました。が、my初日に当たる6/2マチネは古川くんの調子が中々に、というかかなり悪くてですね…。正直に申しますと観劇中は「わたしの13500円……」とどんよりした感情と、今まで見てきた古川くんの舞台の中で一番歌えてなかったので「いや、もっと歌えるよね??どうした??」とヴォルフのごとくぼろぼろになっている彼を心配する気持ちとで、全く芝居が頭に入ってきませんでした。なので最初で最後の平野コンスの記憶があまり残っておらず。悲しいかな。ただ、周りの山口さんや市村さんやそれこそ平野さんが舞台をなんとか支えようという迫力は伝わってきた。

チケットあんまり取らなくて(正しくは"取れなくて")良かったのかもなぁと思ったり。と、初っぱなからネガティブ感想になってしまいましたが、16マチネはだいぶ良くなっていて、23ソワレは凄く良くなってて、結果「チケット…!!」という思考に至りながら私の観劇を終えることができました。

でも出来の落差が激しすぎるのは色んな意味で辛いので、頼むよ古川くん!!!( 私が観劇した回だけかもしれないけど…、それでも頼むよ古川くん!!!)

 

前段長くなってしまいましたが、以下ネタバレあるかもよ。

 

今回の再演ではセットが大きく刷新されていて、ピアノ(正確には"ハープシコード"とのこと)がセットになっていた。そして銀橋追加。そしてそして新曲「破滅への道」追加。

 

古川ヴォルフ、1幕冒頭は小学生男子みたいなあほ可愛さとやんちゃさとエロガキさ。それが母親が亡くなったところから、才能を具現化したアマデという存在とどんどん解離していく印象。「あなたが愛しているのは自分の才能よ」というコンスの言葉にスッと冷める古川ヴォルフ。父親の死後、「大人になるの」「自分の足で立ち上がるの」の男爵夫人の言葉に彼は「アマデではなく、自身の力で作りたい」という思いもあったからなのかな?レクイエムを一人で書こうとしても書けなくて、破っては捨てを繰り返す。6/23ソワレの最期の場面、才能に食い潰されそうになりながら放つ「お前も死ぬ」は道連れにしてやるという意志も感じたけどアマデから羽ペンを受け取ったあと、「僕こそ音楽」を歌う古川ヴォルフの表情は穏やかで歌声は優しくて、最期はアマデとまたひとつになれたのかなと感じた。彼は音楽がすべてで、音楽こそ彼の人生で。

 

育ヴォルフは父親の訃報を聞いて、男爵夫人の「鎖を断ち切り自由になるのよ」が逆に彼を縛り付けているように感じた。「大人になること」「自分の足で歩くこと」に捕らわれてしまったような叫びと取り乱しかただった。最期のレイクイエムを書いているときも、できたと思って見直してみると「…あれ?」と"曲ができていない"ことに気が付く。それまではアマデが素晴らしい曲に直してくれていたのに、そこでアマデがいないことに気が付く。古川ヴォルフのような焦燥感は感じず、才能がない世界に突き落とされた印象を受けた。

 

育ヴォルフはアマデ(才能)を内包しているように感じるけど、古川ヴォルフは自分とは別の存在であるように感じる。「このままの僕を愛してほしい」も育ヴォルフは「アマデを含めて、自分を丸ごと愛してほしい」、古川ヴォルフは「アマデではなく、自分を愛してほしい」という印象。(話戻るけど)だから余計にコンスの「あなたが愛しているのは自分の才能」という言葉が、古川ヴォルフにとっては地雷なんだと感じた。育ヴォルフはこの言葉に特にリアクションはしていなくて、「煩いな」くらいの感情。

 

コンスは「インスピレーションを与えなくては」って自分を追い込んでいくけど、アマデはコンスに興味を示してないんですよね。それって、コンスはヴォルフが作る曲に全く影響を与えていないことなのかな、と思うととても辛い。ヴォルフの曲は他の人間との関係性や教育とかに影響されるものではなく、まさに神から授かったヴォルフ(アマデ)自身の金だということなんだろうなぁ。

アマデがペンを走らせて譜面を書いているとき、ヴォルフの頭の中では次々と音楽が生まれていることを現していて、母親が死んだときも父親が死んだときもアマデはペンを走らせ続けているのを見ると、悲しむエネルギーさえもアマデに使われてしまっているんだなと。アマデがコンスには見向きもしないのは、コンスが愛したのはヴォルフ自身だったからかな?父親も男爵夫人もアマデという才能を愛して、伸ばそうとしていたから、アマデも彼らには反応しているけど、コンスが来るとどこかへ行ってしまう。人が人として生きていく上で当たり前に生まれる日々の感情のエネルギーもアマデにとっては無駄なものだから、コンスに心が奪われているヴォルフに嫌気がさしているのを感じた。

 

ところで(?)、私めちゃくちゃ木下コンスが好き!!もともと歌声が好きなのもあるんだけど、「ダンスはやめられない」の木下コンスのいら立ちや、ヴォルフを愛しているからこその「インスピレーションを与えなくては」までの流れが自分の中で凄くしっくりきた。最後壁にもたれかかりながら細い声で歌う「インスピレーション与えなくては」に、どうやっても彼に影響を与えることができないと本当は悟っている。生田コンスは平野コンスの雰囲気を感じたけど、「悲しい子」「愛を乞う人」という印象が強い。コンスの激しさを感じられなかったのが残念。ピアノの上のバラを手で払い除ける仕草が感情に乗ってしているというよりも、「振り付けでやっている」という感じが否めなかったので今後の成長に期待。

 

あとわたしが気にして観ているせいもあると思うんですが、憲ちゃんアマデの存在感凄くない?「神の子」という言葉に納得しかない。最初で最後の育ヴォルフだったけど、憲ちゃんアマデに目がいってしまってしょうがなかった。

和音さんのナンネールも涼風さんや香寿さんの男爵夫人も最高に素敵だった!!  

 

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