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ただの備忘録

現場を振り返ることを枷にして記憶の定着を図る。つまりただの備忘録。(主に舞台の感想)

「貴婦人の訪問 THE VISIT」@シアタークリエ  2016/12/3ソワレ

どうしても見納めがしたくて再びギュレンの街に来てしまった…。前楽。3回目ということもあって、今回はマチルデとクラウスに注目してみておこう!と意気込んで観劇。やっぱり楽しい。

 

涼風さんの迫力が日に日に増していませんか…?圧倒的な歌声。涼風さんが演じるクレアが傷だらけになりながら正義を求める姿が痛々しくもあり美しくもあり。ただただクレアには幸せになってほしいと思う。

 

 ※以下、前回の感想含め、気にせずネタバレ

 

ta-ma27.hatenablog.com

 

黒豹を仕留める流れ、まさにアルフレッドを追いつめていくことを暗示している演出だなぁと改めて思った。しかも黒豹に対して弔いの歌を歌う人々…アルフレッドのときはそんなことをしていないのに。。

 

TV局が街を取材しに来た日、雑貨屋の隅で嘆くクラウスに女の子が「きっと大丈夫よ」(※正しい台詞は失念したのでニュアンス)と言って白い花をあげていた。それを胸のポケットに入れたクラウス。翌日の最後の審判のときも、高価な服を纏ったクラウスの胸ポケットに花が入っていた。だけどその花が萎れていて…見つけたとき、ぞっとした。

この花は倫理と道徳の象徴かな。萎れた花は悪に飲み込まれたクラウスの心。その花をアルフレッドの亡骸にそっと置いたのは悪に飲み込まれた自分を許してくれと言う懺悔なのか、それとも彼自身の道徳や倫理をアルフレッドと共に葬り去るという意味なのかな。電話のシーンで「我々はヒューマニスト…!」と声高に叫んでいた彼を見ていただけに、人間の欲の深さ、悪の心に飲み込まれた群衆に立ち向かうことの困難さをまざまざと見せつけられた。

 

最後の審判。マチルデの表情を逃すまいとじっと見ていた。手を挙げるまでの時間、迷いがあるようにも見えた。しかしアルフレッドの顔を見たあとは、意志が固まったかのようなきっとした表情をして、迷いなく手を挙げた。

彼女の正義は積み重ねてきた二人の生活を否定したアルフレッドへの罰なのか。

クレアが街の人たちを掻き分けて横たわったアルフレッドにすがり付いていたとき、マチルデは微動だにせず、ずっと目を伏せていた(むしろ目を閉じて二人を見ないようにしていた?)。クレアが「人殺し…!」って吐き捨てるときもずっと。顔を上げたのはクレアが立ち去る間際にマチルデと対峙するとき。今回の席が下手だったからマチルデの表情が見れなくてとても残念だったのだけど、クレアが彼女に向かって笑っていたのが印象的だった。アルフレッドの愛はマチルデではなく自分のものだったという勝利の笑みなのか、アルフレッドを私刑とする最後の決断を下した彼女に対する嘲笑なのか…。

そのあと、空から降ってくるお金を見上げる街の人たちはクラウスでさえも欲にまみれた光悦とした表情をしていたのにもかかわらず、マチルデはただ一人苦しそうに顔を歪ませていた。 

莫大なお金を与える。ただひとつの条件はアルフレッドの死。最初は非人道的だと非難していた街の人たちが、徐々に欲に溺れて、自分たちを正当化していくさまがリアルだった。アルフレッドの過去の罪がなければ、街の人たちは一線を越えることはなかったはず。自分達を正当化する理由が存在したことによって、「正義」という名の「私刑」を下す人々。アルフレッドは本当にクズな男だけど、罪状としては「偽証罪」。通常なら死刑なんてならないはずの罪によって殺された。

クラウスの「悪に飲み込まれてしまう…!」という悲痛な叫びは、「正義」と信じこむ街の人たちには聞こえなかったんだろうなぁ。そして疑心暗鬼になったアルフレッドは友人クラウスの言葉がまったく聞こえていなかった。街を逃げ出そうとしたアルフレッドを助けようとしたクラウス。あの場面で友人の言葉が聞こえていれば…。

悪に飲み込まれたクラウスが最後に手向けた萎れた花は、やっぱり彼の「ヒューマニストとしての自分」を葬り去っているということなんだろうなぁ。

 

自分たちは「正義」であると正当化する集団の恐ろしさ。劇中だけじゃなく現実にも確かにある内容だよな…。

 

カテコで山口さんと涼風さんが腕を組んでニコニコしながらちょこちょこ歩いてくる姿に最後癒されるというか心が救われる気分になる。 

本当に観れば観るほど面白い。クリエ公演は終わってしまったけれど、大阪公演には間に合いますので、気になる方は是非…!

曲も演出もかっこよくて、何回も言うけどわたしの好みにどんぴしゃなんですよ。

東宝さまは、CDを是非是非販売してください!!!よろしくお願いします!!