読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ただの備忘録

現場を振り返ることを枷にして記憶の定着を図る。つまりただの備忘録。(主に舞台の感想)

「エリザベート」2016@梅田芸術劇場 感想その1

帝劇が終わってから、1ヵ月半。その間、博多座の甘い誘惑に耐え抜き、ようやく梅芸にエリザベートがやってきました。お察しの通り、わたしの夏休みはこの梅田にぶちこみました。

・9/11マチネ 花總、城田、古川、田代、山崎、涼風

・9/12マチネ 花總、井上、古川、田代、成河、香寿

・9/12ソワレ 蘭乃、井上、古川、田代、山崎、香寿

・9/13マチネ 蘭乃、城田、古川、田代、成河、涼風

※古川ルドルフと田代フランツはシングルキャスト

 

帝劇は花總シシィを観劇できたのが2回だけだったので、かなり久しぶりだったけど、やっぱり凄い…。なんだろうこの高貴さと孤高さ。

「私だけに」:ゾフィーとの確執、頼りにしていたフランツがゾフィーの肩を持ってしまい、見捨てられたと思うシシィ。自分に語りかけるように歌い出し、歌いながら「自分はどうしたいのか」という問いに答えを見つけた途端、どんどん声に力がこもり、顔も晴れやかになるシシィ。自我が芽生える過程が丁寧に表現されていた。高音も本当に素晴らしい!!一幕ラストの「私だけに」の三重奏も圧巻。花總シシィは「陛下と共に歩んでまいります "ただ" 私の人生は 私のもの」の「ただ」をとても強調して歌っていて、フランツにきちんと釘を刺しているところにシシィの自我をとても感じられる。わたし、あの場面の時いつも「人って発光できるんだ」って思うんですよね。光り輝いて眩しい。美しさに見惚れる。しかもシシィの上にはこれまた美しいトート、下には情熱的なフランツ。額縁に収めたい。

「私が踊るとき」:あの勝ち誇ったお顔!!美しい!!まさに女帝!!「邪魔しないで!」が痺れる。 

 

梅芸でなにが一番良かったって言ったら、城田トートと食い気味で答える。しろたんと言えば、博多座千秋楽でこんなつぶやきしてました。

 9/11マチネのカテコでリーヴァイさんとともに登壇した小池先生にこの件について突っ込まれてた(笑)「城田くんのTwitterはマネージャーがいつも書いてるんだけど、博多座のときに書いてましたよね」「これだけは言わせてください。あれは僕が書いてます!」「博多座のは、今までの解釈を壊して演技したら、新しいものができた気がしたけど、小池先生が見てないってことを…」「今日はどっちだったんですか?」「今日は凄く緊張して、どっちかわからないです」「どっちかわからないということですけど、深みがまして陰影が濃くなって、良くなったと思います」「ありがとうございます」っていうやり取りがありました(注:全てニュアンスです。悪しからず)。ご本人はどっちかわからなかっと仰ってたけど、物凄く良くなってた。今まで見たなかで一番好きなトートだった。

帝劇の城田トートは気づいたら傍にいる、少しでも隙を見せたら「死にたいのか?」と囁く、まさに「死」の化身だった。相変わらず「死」の化身ではあるんだけど、とても伸び伸び活き活きしてた…!こう書くと健やかなトートみたいになっちゃうんだけど、そうではなくて。表情が豊かになったというか、感情を少し出すことによって、トートの影の部分が深まったというか。死を囁く場面がより一層「死」を感じさせた。「最後のダンス」もちょっと"がなり"を入れた歌い方をしたり、ゾクゾクするような表情をしていたし、本当に良かった…!!帝劇のときは徹底的に「死」として存在していて、そこにわたしは少しの物足りなさを感じていたところもあったんだけど、本当に梅芸の城田トートは帝劇よりもずっとずっと好きなトート!!何度でも見たい!!

 

芳雄トートの安定感って何だろう。劇場中に響き渡る歌声にひたすら浸る。9/12マチネが1階の後方通路側だったのですが、結婚式の場面でトートが客席の通路を歩いていく、ちょうどトートが歩く通路側でして。暗闇の中から登場するところからステージに歩いていく一部始終をじっとりと眺めることができて満足です。客席を歩くって知らない通路脇の方々は通った瞬間に初めて気づくんじゃないかな。あまりにも静かに暗闇に紛れているから。あの場面は本当に「死」の化身だった。

 

プリンシパルの中で一番最後に梅芸初日を迎えた蘭乃さん。いや、ちょっと驚いた。帝劇に比べて本当に歌が良くなってる!!少女時代の第一声でその日の調子がだいたい分かるんだけど(帝劇通いつめてたから笑)、この日は第一声聞いた瞬間「あれ…?上手くなっ…た…?」と自分の感覚に疑念を感じてたのが、「パパみたいに」が終わる頃には確信に変わった。発声方法変えたのかな?専門的なことは全然わからないんだけど、声の籠った感じが少なくなったし、地声から裏声への移り変わりもとっても滑らかになってた!

「私だけに」が本当に素晴らしかったんだよ~。花總シシィとは違う、自我の強さを感じる蘭乃シシィ。世間の色んな逆境もあっただろうに(DVDとか…)、努力しつづけたんだねと涙が出そうになった(母親か←)。個人的に「私だけに」は9/12ソワレ、「私が踊るとき」は9/13マチネがベスト蘭乃シシィです。

梅芸で感じたのが、コルフ島での「パパみたいに」のリプライズが花總シシィと蘭乃シシィでかなり違うなぁということ。花總シシィはパパとの邂逅でも辛そうで苦しそうで。自分が孤独であることを再確認したような印象。蘭乃シシィはパパとわかった瞬間、静かににっこり笑うんですよね。少女時代に「パパー!」と駆け寄っていた頃のように。その笑顔がより一層寂しさを感じさせる。

 

育三郎ルキーニと成河ルキーニ。育三郎ルキーニの観劇も久しぶりだったのだけど、帝劇のときに感じたチャラいイタリアーノから、心の奥では何を企んでいるかわからない犯罪者に変わってた!いいよいいよ!成河ルキーニはねぇ、ほんと好き(突然。最初から最後まで狂気を振り撒いてる。冒頭の昆布のところ、ルキーニが他の者達を「操っている」感じが凄いんですよ。動きが大きくて、一種のわざとらしさも感じられるんだけど、トートがトートダンサーやシシィ、ルドルフを操っているのを真似ているのかな?と思った。それがトートへの崇拝心を我々に見せつけているようで。梅芸では刃物をトートに渡されたあと、シュッシュッと突き刺す動きをしていて最高に狂ってた(誉めてる。

 

古川ルドルフ。帝劇と全然違ってた…。ちょっと古川ルドルフについてはまた長くなりそうだから一旦ここで切りましょう。

4公演連続で観劇したけど、見終わった後、「もっと見たい!!」という衝動に駆られるほど帝劇よりさらに良くなっていたエリザカンパニー。あ~チケット落ちてないかな~。